映画『関心領域』
- hiroya78
- 2024年6月4日
- 読了時間: 3分
更新日:2024年6月6日
数年前に、アウシュヴィッツ-ビルケナウ記念博物館の見学に行ったことがある。
ベルリンのユダヤ人をアウシュヴィッツまで輸送した鉄道ルートを調べ、ベルリンからオフィシエンチム(アウシュヴィッツの、ポーランド語での本来の地名)まで二日がかりで辿った旅だった。
その旅に出る前の三年間(まさに出発前夜に虫垂炎を発症して強制入院する羽目になり、一年延期して合計三年間の準備期間になった)ナチスの戦争犯罪行為に関して幅広く多くの文献を読んだ。超現実的なほどに衝撃的な事実の記録も多く、非常につらかった。
映画を見ている間、当時得た知識を何度も反芻した。
映画に登場するアウシュヴィッツ所長一家を通じて、アウシュヴィッツ強制収容所の隣で暮らす精神のありよう問うだけではなく、観客側がこの映画を見ている時点でどれぐらいアウシュヴィッツ(およびその前後のナチスドイツの戦争犯罪)について関心があるのか、どれぐらい能動的に知ろうとしてきたかを問う、つまり鑑賞者の関心領域を問う作りになっていると感じた。
アウシュヴィッツ強制収容所の内部で起こっていることは直接描かず、その周辺の日常を史実に沿って実に巧みに描いている。目に見える映像で起きていることとは別に、かすかに時にははっきりと聞こえてくる音は、周辺で起きていることを示唆してくる。オスカーでの音響賞受賞は納得だ。技術的にできるなら臭いも客席に漂わせたいところだったろう。(視覚的には描かれているが)
お金が無くパンフレットが買えなかったので裏側は分からないが、監督はドラマを描きたかったのではなく、当時の日常を描きたかったのではと思った。
主人公ルドルフ・ヘス役の演技は、アウシュヴィッツ収容所に見学に行く前の予習で読んだ様々な文献やYoutube上で見た当人の映像から受けた印象とほぼ同じで、よく役作りしたと感銘を受けた。
アウシュヴィッツ強制収容所を訪れた時は三泊し、二日かけて強制収容所を見学するだけではなく、オフィシエンチムの素顔が知りたくて、残り一日は歩いて数十分かかる街の中心部(アウシュヴィッツは街の中心地から離れた所にある。当然だ)にも足を伸ばした。アウシュヴィッツの収容者が毎日何時間もかけて働きに出かけ、後には通勤時間を省くため第三アウシュヴィッツができたIGファーベンの広大な工場跡にも。アウシュヴィッツ-ビルケナウ記念博物館を訪れる観光客は、できればその周辺を歩き、考えるべきだと思う。想像を絶する残虐行為が日常と文字通り隣り合わせだったことを理解する助けになるだろう。
アウシュヴィッツの敷地のすぐ隣に、普通に人が暮らしている家がいくつもある。それは戦後できたものだろうとは想像しつつも、そこで日々生活する気持ちを考えずにはいられなかった。映画「関心領域」は、それに対する一つの提案的回答とも感じる。
アウシュヴィッツ強制収容所から離れれば普通の暮らしがある。そこで出会った人達はとても心温かで親切だった。(道に迷って教えてもらったり、夜道を歩いていたら車に乗せてくれてホテルまで送ってくれたり、日本人が珍しかったようで家に招待したいと言ってくれたり)
戦争さえなかったらほとんどの人は互いを思い遣り助け合っていられるのだ。
下の写真は、映画ラストのヘスを待つ数年後の未来、彼が絞首刑を執行された死刑台だ。アウシュヴィッツ強制収容所跡に残されている。彼が家族と暮らした家からほど近い場所に。

コメント